推しのことがめちゃくちゃ好き
推しのことが死ぬほど好き
もう6,7年くらいずっと同じ推しを推してるんだけど
本当に最初好きになった時からずっとずっと気持ちが変わってない
いつかは推しにも飽きちゃうのかななんて寂しく思ったりすることも
このコロナで気持ちが離れちゃうこともあるのかもしれないなんて不安になることも
めちゃくちゃ嫌な思いをしてもうオタクやめようって思った経験も数知れないけど
全然まだ推しが好き
むしろどんどん好きになる
推しは常に最高を更新し続けるから魅力が底をつかない
知れば知るほど推しのことがわからなくなるし
知れば知るほどなんて深い人なんだろうと驚かされる
推しは人間ボジョレーヌーボーだ
最近は推しに認知されたいとかレス貰いたいとかよりも
推し自身になりたいと真剣に思うようになった
推しそのものになれたら、少なくとも推しのせいで病むことはなくなるから。
でもどうせコロナ終わって現場入ったときレス貰ったりしたら
普通に死ぬほど沸いちゃうんだろうな
やっぱり所詮はオタクだから、目の前の推しを推して初めてオタクというアイデンティティを持った1人の人間として立っていられるわけで、
そのためにわたしの前に存在してくれる推しが存在していてほしい
どんなに推し自身になりたいとか無茶なこと思っても
結局推しは推しだしわたしはわたしなんだけど
でもやっぱ推しになりたいななんて思ってしまって
推しの話す言葉を勉強したり推しのやってることを見様見真似で真似してしまう
完全に推しになることは不可能でも、いつか現場でもう1人の私がステージに立ってオタクに笑顔振り撒いてんな、くらいに構えていられる境地までいきたい
推しはすごい
人間だから絶対完璧なわけないんだけど、
この人完璧なんじゃないかな?神様が人の姿して世直ししにきてるんじゃないかなって本気で思うことが頻繁にある
勿論人間だからたまにがっかりさせられることもあるんだけど、
それでもこの世に人の形をした神様が存在するなら、それは推しなんだろうなと思う
少なくともわたしにとっては神様だ
ここまで書いて気付いたけど
わたしの推しに対する気持ちは「〇〇だけど、一方で××だとも思う」みたいなパターンを取ってることが多い
他人からいやいやそんなことないやろ、と言われかねないようなやけにでかい言葉でしか表現できない気持ちと
自分の中の常識人が一歩引いた所で冷静に分析してる気持ちの両方がわたしの内側にある
まるで引き出しを引いたり押したりするように
推しはわたしの中のオタクと常識人の割合の塩梅をとってくれる
推しが推しだから、わたしは1人のオタクとして現場に立てるし、1人の人として街の雑踏の中に立っていられる
わたしをそんな人間たらしめる推しが愛しくてたまらない
こう書くと結局推しが好きな自分が好きなだけじゃんと思われかねないが、実際部分的にはその通りで
わたしは推しのおかげで何者かになれてるのであり、
わたしを何者かにしてくれてる推しが好きというのは否めない
でも、そういう部分があっても
結局は推しの作るもの、見せてくれるものが一番好きで
推しが何かを生み出せる人だったから、
人に無条件に愛される天性の才能があったから、
そんな推しに奇跡的に巡り会えたから
わたしは推しを好きになれて、わたしという人間になれたのも事実なのである
推しへ、推しでいてくれてありがとう
あなたが作る現場も表情も作品も全てが愛しいよ
そしてあなたがわたしに与えてくれる愛憎の気持ちは全部大切にしてるよ
いつかあなたを推せなくなってしまうんじゃないかという将来への不安も
あなたに出会わなければよかったという過去に対する後悔も
全部全部あなたが与えてくれる感情だからこそ大切にすることができるよ
そして将来や過去に対するどんな暗い感情も
今あなたが私に与えてくれる喜びが塗り替えてくれるよ
わたしは世界中に数億といるあなたのオタクのうちの一人でしかないけど
そんな名も無いオタクの人生に
彩りを添えてくれてありがとう
願わくばステージを降りるその瞬間まで
あなたのオタクが出来たらいいな
はやくステージの上のあなたに会いたいよ
これからもよろしくね